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大阪家庭裁判所 昭和53年(家)3411号 審判

(二六〇二号申立人 三四一一、三四一二号相手方) 高野美佐子

(二六〇二号相手方 三四一一、三四一二号申立人) 高野進

事件本人 高野由美 外一名

主文

一  相手方は申立人に対し婚姻費用分担として、昭和五四年一一月から別居期間中一ヶ月金一三〇、〇〇〇円宛を、毎月末日限り申立人方に持参または送金して支払え。

二  相手方は申立人に対し昭和五五年一〇月末日限り金八五〇、〇〇〇円を、昭和五六年一〇月末日限り金八四〇、〇〇〇円をそれぞれ申立人方に持参または送金して支払え。

三  申立人は相手方に対し、各月(八月を除く)の祝休日各二日の午前九時より午後四時まで、および八月中に七日間、相手方が事件本人両名とそれぞれ面接交渉することを許さなければならない。

四  申立人は、上記面接交渉の外、事件本人両名が相手方との面接交渉を希望するとき、相手方との面接交渉を妨害してはならず、その方法程度は、申立人による監護を阻害しない限度において、事件本人両名の希望するところに委ねられる。

五  申立人と相手方とは上記三、四の面接交渉の時・場所・方法につき大阪家庭裁判所調査官の指導の下に協議を行わなければならない。

理由

第一本件実情

当裁判所は、当事者双方・角田光子・高野和子に対する各審問の結果その他本件各記録によつて以下の事実を認める。

一  当事者双方は昭和四四年九月一〇日結婚式を挙げ、翌四五年五月一四日婚姻届を出し、昭和四六年一二月二二日長女由美を、昭和四八年三月六日二女恵を生んだ。その間に相手方は昭和四五年一〇月○○試験に合格し、昭和四八年四月以来大阪で○○○を開業している。

二  当事者双方は昭和五一年ごろから子供のしつけ等をめぐつて度々口論するようになり、昭和五二年には事件本人らの夏期休暇期間中申立人が事件本人両名を伴つて実家に帰るなど不仲が昂じ、昭和五三年正月以降双方の感情的対立が激化し、夫婦間の口論の際に申立人のヒステリツクな言辞に対して相手方が暴行に及ぶことが再三見られるようになり、さらには包丁を布団下に隠して就寝する申立人の異常な行動に不安を覚えた相手方から別居や離婚の希望がしばしば出るに及んで、申立人は最早同居の継続は困難であると考えて、同年四月八日事件本人両名を連れて家を出て別居した。

三  上記別居後申立人は、木造二階建アパートの二階(六畳・四畳半の二間、台所・浴室。家賃月額二五、五〇〇円)に居住し、昭和五三年七月以来○○○音楽教室のピアノ教師として週一回稼働し、月収約二四、〇〇〇円を得ている。申立人および事件本人両名の生活費は別表一の(a)のとおりである。生活費は上記収入と申立人両親からの一時的な借用金によつて賄われている。

四  上記別居以前、相手方は申立人に対し生活費として約二〇〇、〇〇〇円を渡していたが、別居後は昭和五三年六月から九月まで合計三一〇、〇〇〇円の婚姻費用を分担したのみで、同年一〇月以降は婚姻費用の分担に応じていない。

五  相手方は上記別居後単身で生活しており、昭和五四年四月二日従来所属していた○○○事務所を独立して、単独で○○○事務所を開業している。昭和五四年三月以前の相手方の収入は、昭和五三年度分の申告所得額から月約三八〇、〇〇〇円であることが推認される。昭和五四年四月以降の収入については、相手方からの資料の提出がないため調査不能と言うほかはないが、相手方の主張によるかぎり相手方の収入、事業支出・生活費の各見込み額は別表二および三のとおりである。

相手方は、別表二に示される収支の赤字見込みはすくなくとも二年間継続すると推測し、この間上記赤字を上記独立当時の預金類総額一一、五〇〇、〇〇〇円(預金七、〇〇〇、〇〇〇円と退職金四、五〇〇、〇〇〇円)から事務所開設のための保証金等の諸費用二、五〇〇、〇〇〇円を控除した九、〇〇〇、〇〇〇円によつて補填する計画を立てている。

第二当事者の申立

一  申立人の主張

(一)  相手方は申立人に対して昭和五三年四月一日から同年九月末日までの婚姻費用分担金一、三一〇、〇〇〇円を支払え。

(二)  相手方は申立人に対して同年一〇月一日から離婚もしくは同居に至るまで毎月二七〇、〇〇〇円を支払え。

(三)  事件本人らの監護者を申立人に指定してほしい。

(四)  事件本人らに対する相手方の面接交渉を申立人は年一ないし二回休日の午前一〇時から午後三時の限度で認める。

二  相手方の主張

(一)  当事者双方の婚姻関係は昭和五三年三月ごろ離婚の合意がなされた時点で事実上の離婚となつているので、相手方に婚姻費用分担義務はない。

(二)  仮に上記事実上の離婚が認められず、相手方に婚姻費用分担義務があるとしても、以下の理由により、相手方は婚姻費用の分担をなす責任を有しない。

(イ) 当事者双方の夫婦関係の破綻および別居の責任は申立人のヒステリー、悋気等の性格および家事能力の欠如にあり、申立人自ら民法第七五二条の夫婦間の同居協力扶助の義務を果たしえない状況を作り出したものである。従つて、夫婦間の破綻および別居につき有責である申立人からの婚姻費用分担請求は許されない。

(ロ) 申立人は健康で、ピアノ・エレクトーン教師としての経験を有し、即時に就業しうる能力を有しており、加えて前記別居後相手方に対する協力扶助の義務を履行していないから、申立人の相手方に対する婚姻費用分担の請求は権利濫用として許されない。

(ハ) 申立人は本件調停開始以降相手方に対して、相手方と事件本人らとの面接・交渉を妨害し、相手方勤務先にいやがらせの電話をかけたり、興信所を使つて相手方の動静を探らせるなどの数々の不法行為をなしてきたものであり、このように自らの義務を誠実に履行しようとしない申立人からの婚姻費用分担請求は信義則に反し許されない。

(三)  事件本人らの親権者並びに監護者を相手方に指定してほしい。

(四)  事件本人らの監護者が申立人に指定された場合相手方は事件本人らに対する面接交渉が下記(五)の通り定められることを条件として一人宛二〇、〇〇〇円の限度で養育料を負担する。

(五)  (イ)申立人は、相手方が下記日時に事件本人らと面接・交渉することを妨害してはならない。

(a) 本審判の確定日より初めて到来する日曜日を第一回とし、その後二週間毎の日曜日の各午前七時より午後四時迄。

(b) 毎年三月二一日(春分の日)の午前七時より午後四時迄。但し(一)と重なる場合は振替休日日とする。

(c) 毎年一二月二五日の午前七時より午後四時迄。但し(一)と重なる場合はその前日とする。

(d) 毎年夏休み中の別に協議して定める一週間。

(ロ) 申立人は、事件本人らが上記日時以外においても相手方宅に来て、相手方と面接・交渉することを妨害してはならない。

(ハ) 申立人は前以つて判明する学校等の行事について相手方に報告するとともに、学期末の成績表等を事件本人らに持参させること。

(ニ) 以上(イ)ないし(ハ)の事項を申立人が履行しない場合、申立人は相手方に別に定める養育費相当分の損害金を支払う。

第三当裁判所の判断

一  事実上の離婚の成否

第一掲記の本件実情に明らかなとおり、当事者双方の婚姻関係は現実に破綻していると認められる。相手方はこの事態につき「事実上の離婚」の状態にあると主張する。相手方の主張するところは、昭和五三年三月ごろ当事者双方の間で離婚の合意がなされ、その結果として同年四月申立人は新住居に住民票を移して別居し、それ以来家計は互いに別となり、夫婦間の交渉もなくなつた。このことは昭和五三年四月七日申立人が当裁判所に申立てた夫婦関係調整申立事件(和合調停の申立)の調停の席上、離婚を両者合意の前提として親権者、面接交渉など合意未了の諸点についてのみ協議したことから明らかであるというにある。

しかしながら、相手方主張の上記各事実はいずれも夫婦別居後に一般的に生じる経過を越えるものではなく、他に事実上の離婚の合意の存在を認めるに足る特段の事情は存在しない。即ち、「事実上の離婚」の状態にあると言いうるためには、単なる夫婦共同生活の終了に止まらず、夫婦間に離婚することの明示もしくは黙示の合意が存することを要すると解されるところ、相手方主張の時点でかかる離婚の合意がなされたと認めるに足る事情は見当らず、相手方主張の上記各事実をもつて事実上の離婚の認定根拠とすることはできないと言うべきである。従つて、当事者双方の別居は未だ「事実上の離婚」の状態に至つていないと認められる。

二  親権者指定

前記一認定のとおり、当事者双方の法律上の婚姻関係は現在も継続していると認められるので、事件本人両名は依然として当事者双方の共同親権に服しており、相手方の親権者指定の請求は理由がないと解すべきである。

三  監護者指定

当事者双方はそれぞれ事件本人両名の監護者の指定を求めている。前記のとおり、当事者双方の婚姻関係は未だ「事実上の離婚」の状態に至つていないことが認められるので、事件本人らは依然として両親の共同親権に服しており、かかる場合親権の最も重要な要素である監護権を共同親権者の一方から奪うという意味で、他方を監護者に指定することは特段の事情がないかぎり現行法上許されないと考えられる。従つて、申立人の本申立は意味がなく、相手方の申立は、民法第七五二条の夫婦間の協力扶助に関する処分として、事件本人らの相手方への引渡しを申立人に対して求めると解される限度で審判の対象となると思料される。

以上のように解するかぎり、相手方の本申立を認容するためには、相手方の監護養育能力が申立人のそれに比して単に秀れているだけでは足らず、申立人による監護養育状況が事件本人らの福祉に著しく反し、相手方に引渡されることによつてかかる事態が改善される見込みがある場合は当然として、すくなくとも相手方の監護養育能力が申立人のそれに比して著しく秀れ、相手方に引渡されることによつて事件本人らの福祉が著しく増進する見込みがあることを要すると言うべきである。

本件両当事者につきこの点を検討するに、事件本人両名は現在申立人の監護下にあつて静穏で良好な生活を送つていることが認められ、申立人自身も若干情緒不安定な傾向を示す外には格別監護能力に不安な点はないので、現在のところ申立人による事件本人らの監護養育状況に顕著な問題点は認められない。一方相手方は一貫した教育方針をもち、実行力も有しているので、監護能力において申立人にむしろ優ると言うべきであるが、相手方が事件本人らを養育監護するとした場合、巷間多忙と認められる○○○として独立事務所の事業確立に奔走せざるを得ない現在、相手方自身による十分な監護は到底期待できない。そこで、同人も自認するごとく、名古屋に在住する相手方の母高野和子の同居を得て監護養育する外はないが、過去に事件本人らと同居したことがなく、事件本人らと比較的親しみの薄い七二歳の祖母に十分な監護養育が可能であるかは疑念なしとせず、また相手方の教育方針が祖母によつて十分生かされるとは考えられないので、結局本件において事件本人両名をことさら相手方に引渡すべき必要性は現在のところ存在しないと言うべきである。従つて、相手方の本申立を認めることはできない。

四  面接交渉

共同親権に服する未成年の子に対する別居親権者の面接交渉権は、離婚後の非親権者のそれとは異なり、現実に親権を行使する必要上面接交渉が必須の条件である点で、奪うことのできない権利であることは言うまでもない。しかし、一面では、父母間の不和により別居することとなり、事実上一方の親権者が現実の監護養育をなさざるを得ない状況にある本件のような場合、時間的場所的制約はともかくとして、別居親権者による面接交渉が現在の同居親権者による監護養育を阻害することにより事件本人らの福祉を害することのないように、また面接交渉が事件本人らの精神的安定に障害を与えたりすることのないように配慮する必要があり、このような考慮から同居親権者に比して面接交渉の方法程度が制約されることはやむをえないことと言わなければならない。本件の場合親権者相互の感情的な軋轢は相当に大であると認められるので、まだ幼い事件本人らが面接交渉の機会に両親間の感情的な葛藤にさらされることのないように、面接交渉の方法程度は必要最少限度に止めるよう配慮すべきである。

以上の諸点を考慮の上、本件においては、申立人は八月を除く毎月の各二回、日曜日もしくは祝祭日の午前九時から午後四時までの間、および八月中に七日間、事件本人両名を相手方と面接させなければならないと定めることとする。以上の外、事件本人両名が相手方との面接を進んで希望するとき、申立人は事件本人両名と相手方との面接交渉を妨害してはならないことは言うまでもない。この場合面接交渉の方法程度は、申立人による監護を阻害しない限度において、事件本人両名の希望するところに委ねられる。なお面接日の決定その他具体的細目は大阪家庭裁判所調査官の指導の下に当事者双方で協議すべきものとする。

さらに、相手方は申立人に対して学校等の行事予定の報告と事件本人に成績表等を持参させることを求めているが、当事者間の本件実情の下では申立人にかかる行動を求めることは困難であるばかりでなく、相手方が直接事件本人を通じてかかる情報を入手すれば足りると思料される。また相手方は面接交渉不履行の際の懈怠条項の決定を求めているが、かかる条項は面接交渉不履行の際に生じる法律関係であつて、当裁判所の関知するところではなく、また本件当事者間においてかかる条項をことさら決定すべき理由も存在しない。従つて、相手方の上記両申立はいずれも認容することができないと思料する。

五  婚姻費用分担義務

(一)  まず相手方の前記第二、二の(一)および(二)の主張を検討する。

本件当事者間の婚姻が事実上の離婚に至つていないことは前記のとおりであり、本件婚姻関係の破綻および別居の原因は長年にわたる両当事者の生活態度、性格等の不一致から生じた夫婦間の種々の軋轢が昂じたことにあると認められる。その間申立人にヒステリー性の行動が、相手方に暴力的行動がそれぞれあつたことは否定し難いが、一般に夫婦間の軋轢の中で夫婦の一方が顕著な行動を示した場合、かかる行動の責任が当人のみにあることは稀であり、むしろ夫婦間の日常生活での交渉の経過や心理的葛藤の極点としてかかる行動が誘発されると解され、当事者双方の上記各行動を捉えて直ちに当人に責任ありとすることはできないと言うべきである。そこでさらに進んで当事者のいずれか一方に夫婦間の破綻を作り出した原因がないかを検討してみるに、本件当事者の生活史の中で破綻を作り出した特定の行動なり事件を挙示することは困難であり、当事者双方いずれについても民法第七七〇条一項各号に該当する事由は存在せず、むしろ当事者双方の生育史、性格等の差異が日常生活の種々の場面に葛藤を生み出したと言うべきである。従つて、いずれか一方にのみ責任があるとは言えないのであつて、むしろ双方に責任のある夫婦生活破綻の結果として別居を余儀なくされるに至つたというべきである。かかる場合、申立人が不当に相手方との同居協力を拒んでいると言うことはできない。また申立人はピアノ教師としての能力を有することが認められるとは言え、結婚前わずか一年間ピアノ教師として勤務したのみで、その後婚姻生活によつて八年間の空白がある実情の下では、ピアノ教師として完全に自活することは困難であり、現に申立人の現在の能力からは週一回の稼働が限度であり、約二四、〇〇〇円以上の月収を得ることが困難である現状において、申立人の婚姻費用分担請求を権利濫用と言うことはできず、相手方主張の前記第二、二、(二)の(ハ)の事実についても、相手方主張に副う若干の事情が認められるとは言え、かかる事実自体は夫婦間の別居中のトラブルに過ぎず、これをもつて申立人の信義則違反と言うことはできないと言うべきである。そこで、結局相手方の上記主張はいずれも理由がないと思料される。

(二)  当裁判所は別居夫婦間の婚姻費用分担義務の内容を決定するにあたり、夫婦関係の破綻ないしは別居につき双方が負う有責性の度合に従つて、以下のように区分すべきであると考える。即ち、(イ)夫婦関係の破綻ないし別居につき無責の配偶者から有責の配偶者に対して婚姻費用分担請求をなした場合、義務者はいわゆる生活保持義務として自己の収入に見合つた額を負担すべきである。(ロ)逆に、有責の配偶者から無責の配偶者に対して請求をなした場合、義務者は権利者が人として必要最低限の生活を営みうる額の婚姻費用を負担すれば足りる。(ハ)上記のいずれとも定められない場合、即ち夫婦双方が夫婦関係の破綻ないし別居に対して多少とも責任がある場合もしくは双方いずれも責任がない場合、その婚姻費用分担はいわゆる生活保持義務の性格を堅持しながらも、権利者が義務者との同居中になしていた生活程度を保持しうるに足る額を基準額とし、これに双方の有責性の度合に応じて増減修正した額をもつて負担額とすべきである。ただし、(イ)によつて定められる額を最高限と、(ロ)によつて定められる額を最下限とすることは言うまでもない。

以上の区分の理由は、夫婦の一方が他方に対して同居中と同様の婚姻費用の分担を請求しうるためには、権利者自らが夫婦関係の破綻ないし別居につき責任を有せずもしくは義務者の責任と同等以下の責任しか有していないことを要すると解すべきであり、権利者が義務者よりも有責性が高い場合は、自ら夫婦間の同居協力の義務を果たしえない状況を作り出した以上、その有責性の度合に応じて義務者の婚姻費用負担額が減額されてもやむを得ないという点にある。

(三)  上記認定のとおり、本件夫婦関係の破綻および別居の責任は当事者双方にあり、申立人は本件別居につき責任なしとは言えないので、相手方の婚姻費用負担の程度は、相手方に対する協力扶助の義務を申立人が自らの責任で履行していない分に応じて軽減されるべきであるから、上記(二)の(ハ)の基準に従つて婚姻費用を決定すべきであると思料する。もつとも事件本人両名は別居になんら関与していないことが認められるので、同人らが同居当時と同程度の養育費をもつて養育されるべきことは言うまでもない。

申立人が相手方と同居していた当時、一家四人の生活費として月約二〇〇、〇〇〇円が相手方収入から支出されていたことは前記のとおりである。してみると、申立人および事件本人両名の生活費は上記二〇〇、〇〇〇円から相手方の必要生活費を計算上控除した額をさしあたり基準額と考えることができる。これを総合消費指数に従つて計算すると以下のとおりである。

200,000円×申立人(80)+事件本人由美(55)同恵(45)/相手方(105)+申立人(80)十事件本人由美(55)+事件本人恵(45) = 126,316円(少数点以下四捨五入、以下同様)

ところで、申立人および事件本人両名の現在の生活費は、別表一(a)のとおり、一月平均約一九〇、九七五円である。しかしながら、当事者双方と同程度の家族内容を持ち、月額二〇〇、〇〇〇円の生活費を支出する大阪府民の支出内容(大阪府企画部統計課作成にがかる昭和五四年六月度「大阪府民の家計」第二表による)と比較して、申立人の生活費はその支出内容、とりわけ食費において不相応に高額なものを含むと言わざるを得ない。

そこで上記「大阪府民の家計」第二表に従つて、同表の金額が別表一(a)の各金額を越えた場合に限り、申立人および事件本人両名の必要生活費を上記統計にあらわれた金額に修正した結果が別表一(b)である。

ただし、現在ピアノ教師としての事務連絡に必要とする電話電信費および申立人本人が将来ピアノ・エレクトーン教師として稼働するため必要となる楽譜購入費や講習料を主たる内容とする教育費のみは、申立人の職業上の必要を勘案して格別に決定した。

以上の結果、申立人および事件本人両名が現在必要とする生活費は一六一、八三九円である。申立人本人の教育費と電話電信費の合計額は、申立人らが日常生活上当然必要とするであろう電話電信費の程度を控除してもなお申立人の月収(二四、〇〇〇円)にほぼ等しく、この点で申立人の現在の就業は申立人らの生活にさして寄与していないと言わざるを得ない。しかし、申立人の現在におけるピアノ教師としての技能、経歴を考慮すると、申立人に現在以上の収入を期待することは困難であり、むしろ上記各出費を通じて修得されるピアノ教師としての技能、キヤリアおよび評判が将来における収入の増加を期する唯一の道であると言うべきである。従つて、上記必要生活費から申立人の月収を引いた一三七、八三九円が一応相手方の負担すべき額となるが、この額は上記基準額一二六、三一六円と比較しても大差がない。従つて、申立人の有責性の度合、別居による申立人らの独立家計上の出費の増加等の諸事情を勘案の上、相手方の負担すべき婚姻費用額をひとまず一三〇、〇〇〇円と定める。

次に上記婚姻費用額につき相手方の負担能力の有無を検討する。まず昭和五四年三月以前については、前記第一の五のとおり、相手方は月収約三八〇、〇〇〇円を得ていたことが認められ、上記婚姻費用額の負担能力を相手方が有していたことに疑いはない。

昭和五四年四月以降については相手方が独立事務所を開設するに至つたため格別の検討を要すると思料される。相手方は独立後の収入および今後の見通しにつき、昭和五四年四月以降八月までの収入が約三、〇〇〇、〇〇〇円であつたが、これは七月に二、六〇〇、〇〇〇円の大口収入があつたためで、九月以降昭和五五年三月までの収入は一、〇〇〇、〇〇〇円程度、即ち、各月一二五、〇〇〇円に止まると推測している。しかしながら、相手方は従前所属事務所以外の私的な○○○事務の収入として、昭和五一年度に一、七五四、〇〇〇円(月一四六、一六七円)、昭和五二年度に一、二八八、〇〇〇円(月一〇七、三三三円)、昭和五三年度に一、七六〇、一五〇円(月一四六、六七九円)あつた旨所得申告をなしている事実から推して、所属事務所から独立して、その勤務分担から解放された現在、その収入が上記各所得額を下まわると予測することは困難であり、さらに、二、六〇〇、〇〇〇円の大口収入を大口なるが故に収入予測から除外する合理的理由は認められない。従つて、相手方は上記独立後八月まで月平均約六〇〇、〇〇〇円の収入を得たことが認められ、この事実から今後も同程度の収入を得るものと推認するのが相当と思料される。一方相手方の支出見込みは別表二のとおりである。してみると、相手方の支出見込みにして既に収入を超えていることが一応認められる。しかしながら、以上の結論は収入・支出両面において疑義なしとしない。即ち、まず支出見込みであるが、相手方の一ヶ月当りの平均生活費は、○○○としての職業にあることを考慮に入れてもなお、単身の男性の生活費として余りに過大であると言わざるを得ない。このことは月収六〇〇、〇〇〇円の一世帯四・四人平均の家族においてもなお消費支出の平均額が二八三、五五二円でしかないことからも明らかであり(前掲「府民の家計」第二表)、具体的に見ても、食費(一三〇、〇〇〇円)、衣服費(三〇、〇〇〇円)、交際費教養娯楽費(一〇〇、〇〇〇円)の諸費用はいずれも相手方の外食の必要性、○○○としての職業上の交際の必要等を考慮に入れてもなお余りにも過大であると言わざるを得ない。相手方は、当裁判所の再三の要請にもかかわらず、具体的な出費内容についての資料の提出に一切応じないため、当裁判所として相手方の現実の出費内容を調査することが不可能と言う外はない。かかる場合、社会通念に従つて相手方の生活費を見積らざるを得ない。してみると、相手方の現実に必要とする生活費は相手方主張の上記額を大きく下廻ると見るべきであり、かりに相手方主張の生活費見込み額から申立人および事件本人両名の必要生活費一三〇、〇〇〇円を控除してもなお、二四三、七六七円が残り、この額をもつてして相手方の生活を賄うことは十分可能であると言うべきである。またかりに相手方が真実収支赤字に苦しむ現状にあるならば、この程度の額でもつて生活を可能ならしめるべく努力するのが当然ではないだろうか。さらに収入の面を見ると、相手方の収支赤字の現情は専ら独立事務所の開設に帰因することが明らかである。一般に○○○が独立事務所を開設する場合、独立事務所を営むに足りるだけの顧客層の確保と開設当初数年間に予想される収支赤字を補填するに足るだけの財政上の準備とをある程度完了してなすのが常識であり、相手方自身当初の収支赤字の補填のため約九、〇〇〇、〇〇〇円の預金を準備したことを明らかにしている。かかる場合に、○○○が扶養すべき家族を有しているかぎり、補填されるべき赤字支出の中に当該家族の生活費が包含されることは当然のことであり、この事情は夫婦間の別居の事実によつて左右されるものではない。してみると、以上の収支見込みを総合してみると、相手方は申立人および事件本人両名の生活費として月額一三〇、〇〇〇円を負担する能力を十分有していると認められる。

なお相手方は、昭和五四年一〇月一二日付準備書面において将来五年間にわたる生活費支出可能額を試算している。しかしながら、相手方は、昭和五四年八月二五日付準備書面において、赤字補填に準備した預金九、〇〇〇、〇〇〇円を二年間で費消する予定としておきながら、明確で合理的な理由を付することなく、これを五年間に延長している。相手方の収支赤字の継続の程度は、相手方の勤務態度・○○技術・社会経済状勢・顧客層開拓の努力等の不定不測の諸要因に依存している以上、赤字がどの位続くかを現在予測することは困難というべきであり、さらに試算の根拠とされている本年度の収入見込み額、今後の収入増の予測についても、相手方の主張するところを直ちに首肯することはできず、結局上記試算は根拠なき机上の計算の域を出ないと思料される。相手方の申立人および事件本人両名に対する婚姻費用分担の義務はあくまでもいわゆる生活保持の義務であつて、自己の生存を目的とする支出を除く他の全ての支出に優先して提供されるべきものである。従つて、相手方は自己の収入をまず自己および申立人らの生活費に充当し、その上で○○○業務として必要な諸経費を収入の残りおよび上記預金により支弁すべきであると思料される。

(四)  従つて、相手方は申立人に対し別居期間中の婚姻費用として月額一三〇、〇〇〇円支払うべきこととする。支払いの始期は原則として申立人の別居した昭和五三年四月八日あるいは少くとも申立人が本件請求を申立てた同年五月一九日に遡るべきである。しかしながら当事者双方は本件調停の席上、昭和五三年六月九日の期日において、相手方が申立人に対し月九〇、〇〇〇円宛の婚姻費用を負担する旨の口頭の合意をなし、相手方は上記合意に従つて同年六月以降八月まで各月九〇、〇〇〇円を、同年九月には四〇、〇〇〇円を支払つた事実が認められる。相手方が主張する九月分減額の理由は、申立人が興信所を利用して相手方の身辺調査をなしたこと等にある。従つて同月分の支払いがなされないまま九月末日を徒過したことにより当事者双方の婚姻費用に関する上記合意は相手方によつて破棄されたものと考えられる。

上記婚姻費用分担の私法上の合意の解約の効力、九月分の減額の有効性は、別に民法上の紛争として解決されるべきである。とはいえ、昭和五四年九月以前の婚姻費用分担については、当事者間で本件調停の席上合意がなされている以上、昭和五四年九月以前に関するかぎりこれを越えて相手方に婚姻費用を分担させる理由は存しない。従つて、本件婚姻費用分担の始期を昭和五三年一〇月とする。そこで相手方は同月以降本件審判時である昭和五四年一〇月までの婚姻費用総額一、六九〇、〇〇〇円を本来ならば即時に支払うべきこととなる。しかし本件の実情に鑑みて、仮にこれを即時に支払うべきこととすると、相手方の経済状態に深刻な打撃を与えることとなり、今後の婚姻費用の分担に悪影響を及ぼすことが予測される反面、申立人は現在まで申立人父母等の親族からの援助により一応の生活を経てきており、援助金の返済も申立人親族の社会的地位・収入から見て急を要するとは思われないことを考慮すると、上記の過去の婚姻費用の支払時期を相手方の返済可能な将来の時期にまで延引することが当事者双方の利益に合致すると思料され、申立人自身支払時期の延引を承諾していることが認められる。従つて、相手方は上記一、六九〇、〇〇〇円の内八五〇、〇〇〇円を昭和五五年一〇月末日かぎり、残金八四〇、〇〇〇円を昭和五六年一〇月末日かぎり、申立人方にいずれも送金又は持参して支払うべきものと定める。昭和五四年一一月分以降の婚姻費用分担については、相手方は月一三〇、〇〇〇円宛を各月末日限り申立人方に送金又は持参して支払うべきである。

六  婚姻費用分担請求事件の事実認定に関する付言

本件において相手方は、「事実上の離婚」の成立を理由として、当裁判所の再三の要請にもかかわらず、婚姻費用分担の判断資料となるべき収入支出の資料の提出を終始拒む態度を変えようとしなかつた。当裁判所が「事実上の離婚」の成立を認めないことは前記一掲記の通りであり、その結果婚姻費用分担の具体的内容を形成せざるを得ないことは理の当然である。かかる場合相手方の資料提出を待つかぎり、審判は果てしなく遅延することとなろう。ところが申立人および事件本人両名はその間借金に頼る耐乏生活を続けざるを得ないのである。従つて、事件本人らの福祉の一点に徴しても相手方の態度変更を待つことは最早できない。反面、相手方の協力なき以上、裁判所側から相手方のごとき自営業を営む者の収入支出を調査することは不可能である。もとより家庭裁判所は職権探知の責務を負つている。しかしながら、このことは理論上争訟を予定せぬ非訟事件の特質の然らしめるところにすぎず、このことが当事者の協力義務を免ずるものではないことは自明の理と言わなければならない。なぜなら、家事事件一般において裁判所が果たす役割は国家としての後見的機能にあり、審判の結果として生じる種々の社会生活上の利益は全て当事者に帰するからである。従つて、各当事者は、自己の利益を審判に反映させるべく、あるいは家事事件一般に即して言うならば、当該審判事件が関係当事者の共通の利益を実現するに至るべく、自己に提出可能な資料を裁判所に進んで提供する義務を国民一般の義務として、仮に法律上ではなくとも、すくなくとも条理上負うと言うべきである。ところで、本件の場合、相手方は自己が婚姻費用分担能力を有しないと主張していることが本件記録上認められる。そこで、相手方の収入支出については、○○○事務所の経理書類・諸経費および家計支出の領収書・家計簿等の資料を提出することによつて、容易にこれを証明することができること明らかである。してみると、一方の当事者がこのように容易に資料を提供でき、もつて審判を自己に有利な方向に影響することが可能であるにもかかわらず、それをなそうとしない場合、裁判所がかかる資料の提出を待つことなく審判することもまたやむをえず、当該当事者はその結果を甘受すべきことは信義則上もしくは条理上当然の帰結であろう。以上の判断に従つて、当裁判所は、相手方が自ら進んで明らかにした少数の事実を参考にしつつ、相手方が提出を拒んだ資料を欠いてもなお妥当な帰結をもたらしうる判断過程を経て、前記結論に達したものである。

七  結論

以上の理由により、当裁判所は主文のとおり審判することとする。

(家事審判官 三谷博司)

別表〈省略〉

〔参考〕 抗告審(大阪高 昭五四(ラ)五九七号 昭五五・三・五決定)

主文

1 原審判を次の括弧内のとおり変更する。

(一) 相手方は抗告人に対し婚姻費用分担として昭和五四年一一月から抗告人と離婚又は同居するに至るまで一か月金一三万円宛を毎月末日限り抗告人方に持参または送金して支払え。

(二) 相手方は抗告人に対し金二一六万円を本裁判確定の日を含む月の末日限り抗告人方に持参または送金して支払え。

(三) 抗告人は相手方に対し各月(八月を除く)の祝休日各二日の午前九時より午後四時まで及び八月中に七日間相手方が事件本人両名とそれぞれ面接交渉することを許さなければならない。

(四) 抗告人は前項の面接交渉のほか事件本人両名が相手方との面接交渉を希望するときは相手方との面接交渉を妨害してはならず、その方法程度は抗告人による監護を阻害しない限度において事件本人両名の希望するところに委ねられる。

(五) 抗告人と相手方とは前記(三)、(四)項の面接交渉の時、場所、方法につき大阪家庭裁判所調査官の指導の下に協議を行わなければならない。」

2 本件手続費用は一、二審を通じこれを二分し、その一を抗告人の、その余を相手方の各負担とする。

理由

一 本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

二 当裁判所の判断

1 抗告人の抗告理由1ないし3及び5について

夫婦はその資産、収入、その他一切の事情を考慮して婚姻費用を分担すべきものであり、右分担額は、特段の事情の認められないかぎり、原則として別居前と同一程度の生活水準を維持するに足りるものとするのが相当である。

記録によると、相手方と抗告人との間には性格、生活態度、育児観等に著しい相違がみられ、別居するに至つた理由もここに根源があるものと認めることができる。もつとも相手方が抗告人に対して暴力を加えた事実も認められ、そのこと自体は是認されるべきことではないけれども、相手方が抗告人に暴力を加えた事実があつたからといつて直ちに専ら相手方の責任によつて抗告人が別居するに至つたものということはできず、その他相手方に負担せしめる婚姻費用分担額を特に増額させなければならないような事情は認められない。

抗告人は、同居中の生活費二〇万円を基準として相手方の負担すべき婚姻費用分担額を決めるのは不当であり、現在の相手方の収入にみあつた額である月額二七万円を負担させるべきであると主張する。

記録によると、相手方は抗告人と別居した昭和五三年四月まで家族四人の生活費に充てうる金額としてその収入のうち一か月について二〇万円を支出していたこと、相手方は○○○であるが、その昭和五二年度の課税対象となる総所得は四七五万五一〇六円であり(内訳は、給与所得控除後の所得金額三四五万八一〇六円、その他の事業所得一二八万八〇〇〇円、利子九〇〇〇円)、昭和五三年度の課税対象となる総所得は五三七万五一五〇円であり(内訳は、給与所得控除後の所得金額三六〇万六〇〇〇円、その他の事業所得一七六万一五〇円、利子九〇〇〇円)、昭和五四年四月から昭和五五年三月までの事業所得は約四〇〇万円であること、相手方は昭和五四年四月にそれまで勤務してきた○○事務所を退職して独立の事務所で開業し、その後自ら事務所の賃借料その他事務所経営に必要な諸経費を負担するようになつたことが認められる。

右認定事実によれば、相手方の所得のうち婚姻費用としての配分可能額は現在においても一か月について二〇万円を上回ることはないと認めるのが相当であり、これを基礎とした婚姻費用分担額一か月一三万円は低額であるとはいえず、他にこれを不当とするに足りる資料はない。抗告人の主張は採用することができない。

2 同4、5について

抗告人は、婚姻費用を支払うべき始期を別居時である昭和五三年四月以降とすべく、原審判は変更すべきである旨主張する。

記録によると、抗告人は昭和五三年六月九日の調停期日において相手方に対し婚姻費用として毎月一五万円宛を支払うよう要求していたのに対し、相手方は毎月九万円の限度でこれを支払うことを申出て、昭和五三年六月から同年八月まで各月に九万円宛、同年九月に四万円を支払つたことが認められ、抗告人と相手方との間で婚姻費用分担金を月額九万円とする合意が成立したことを認めるべき資料はない。

そうすると、相手方は抗告人に対し別居時である昭和五三年四月から婚姻費用として月額一三万円を支払うべき義務があるものというべきであり、同月から昭和五四年一〇月まで一九か月間の合計額は二四七万円であるところ、相手方はそのうち既に三一万円を支払ずみであるからその支払うべき残額は二一六万円である。従つて、相手方は抗告人に対し、右二一六万円を本裁判確定の日を含む月の月末限り抗告人方に持参又は送金して支払うべきものとするのが相当であり、原審判中右と異なる部分は右のとおり変更すべきである。

3 同6について

抗告人は、事件本人らは相手方との面接を望んでおらず、月二回の面接は事件本人らにとつて酷であると主張する。しかしながら、事件本人らが相手方との面接を望んでいないことを認めるべき資料はなく、毎月二回及び八月中の七日間の面接交渉を認めた原審判は相当である。

4 そのほか、記録を調べてみても、前記2項で述べた以外に原審判を取消し又は変更すべき違法の点はみあたらない。

5 よつて、原審判を主文1項記載のとおり変更することとし、本件手続費用は一、二審を通じこれを二分し、その一を抗告人、その余を相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

抗告理由書〈省略〉

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